「記憶の中の住まい ツアー」とは
「記憶の中の住まい ツアー」とは
― 震災前の「間取り図」から、暮らしの記憶をたどる ―
災害の記録は、残すだけでは継承されない。
沿岸地などに残る板碑のように、往時の被災者が渾身の思いと力を込めて残した記録も、それを語り、甦らせる人がいなければ、やがて継承されにくくなる。
TOHOKU2041 Projectでは、記録を単に読むだけではなく、表現の手法を通して「活きた記憶」として継続的に再生していく。 本企画では、震災前の「間取り図」や冊子『記憶の中の住まい』を手がかりに、当時の住民の語りを聞き、現地を歩きながら、かつてその場所にあった暮らしの姿をたどる。被災の事実を伝えるだけでなく、そこにあった生活の厚みを受け渡していくことを目指す。
東日本大震災の津波は、多くの住宅とともに、何百年にもわたり続いてきた地域の「営み」も流した。被災地の記録は、被害の大きさや復旧・復興の経過に重点が置かれがちである一方、そこでどのような暮らしが営まれていたのかという生活の細部は、時間の経過とともに見えにくくなっている。
2013年から、東京と宮城の女性建築家たちは、震災で失われた家の間取り図を作成し、住まいや暮らしの記憶を聞き取り、記録として残す活動を続けてきた。そこでは、家族の暮らしだけでなく、地域の歴史や風景、人と人との関係までもが語られ、住まいが単なる建物ではなく、記憶の器であることが示されてきた。冊子『記憶の中の住まい』は、そうした蓄積を伝承へとつなぐために編まれたものである。
本企画の目的は、震災で失われた住まいを「暮らしの記憶」としてたどりなおし、その記憶を現地で受けとめる体験を通して、災害伝承を生活の側から再構成することにある。
具体的には、以下の3点を目指す。
1)住まいに宿る暮らしの記憶を掘り起こし、記録・共有すること
2)被災地を「被害の場所」としてだけでなく、「人が生きていた場所」として受けとめなおすこと
3)震災を知らない世代や地域外の人に、想像力を通して記憶を手渡すこと
本企画では、冊子『記憶の中の住まい』や間取り図を手がかりに、かつてその土地に暮らしていた人びとの語りを、実際の現地で聞くプログラムを実施する。参加者は、冊子を片手にまちを歩きながら、家の配置や部屋の使われ方、家族の過ごし方、近隣との関係などを聞き取り、その場所に重ねて暮らしを想像する。
たとえば仙台・荒浜でのツアーでは、元住民3名の語りを、それぞれの住まいがあった場所で聞く構成とした。複数の住まいをめぐることで、荒浜という地域を「点」ではなく「面」として受けとめられるよう工夫している。また、終了後には軽食と交流の時間を設け、参加者が聞いた記憶をそれぞれの中で咀嚼し、持ち帰る時間も大切にしている。
第一に、震災を「住まい」から捉える点にある。被害の規模や出来事の推移ではなく、生活の動線や家の中の風景から震災を見つめ直すことで、失われたものの具体性が立ち上がる。
第二に、「間取り図」が記憶を開く装置となっている。図面を見ることで、「この部屋で食事をした」「ここから海が見えた」「この場所に家族がいた」といった記憶が自然に引き出され、語りが豊かに立ち上がる。
第三に、現地で語りを聞くことで、参加者の風景の見え方が変わることである。「ここでどんな暮らしをされていたんだろう」という問いが現地で話を聞くことによって実感へと変わり、空白地や復興後の景観が、かつての暮らしの重なりをもつ場として見え始める。
第四に、世代を越えて伝える力を持つことである。「家」や「暮らし」は震災を直接知らない世代にとっても、想像しやすい入口であり、自分自身の生活にも引き寄せて受けとめることができる。
本企画によって、震災伝承のなかで見落とされがちな「暮らしの記憶」が可視化される。参加者は、被災地を単なる被害の場としてではなく、人びとが確かに生きていた生活の場として受けとめなおすことができる。また、住まいという身近な入口から記憶に触れることで、震災を知らない世代にも想像力を通した継承が可能になる。
さらに、本企画は現地ツアーにとどまらず、冊子、展示、映像記録、対話型プログラム、ワークショップなどへの展開も可能であり、「暮らしの記憶」を軸とした継続的な伝承実践の基盤となりうる。
TOHOKU2041 Project は、東日本大震災から30年という節目を見据え、
東日本大震災の記憶を「記録」「再生」「風化」の三つの実践によって受け渡し、受取人の想像力から始まる伝承を通して、震災の経験を社会の内側に根づかせていく長期プロジェクトである。
そのなかで『記憶の中の住まい』ツアーは、記録の「再生」を担う企画として位置づけている。 「3月16日の私の日記」が個人の言葉の記録から入る企画であるのに対し、本企画は住まいと地域の生活から入る企画である。また、「5日目の約束の場所」が発災後の心の層に光を当てる企画であるのに対し、本企画は、土地に残る暮らしの痕跡と住まいの記憶を通して、震災の記憶を生活の側から受け取りなおす実践である。
今後は、荒浜での実践を起点に、他地域への展開や連携を図っていく。住まいの記憶を単なる回想にとどめず、地域の歴史の継承、防災・減災への想像力の醸成、世代間の対話へとつなげていきたい。
住まいは、人が生きた証の集積である。
その記憶をたどることは、失われたものを悼むためだけではなく、これから先の地域と社会を考える土台にもなる。 『記憶の中の住まい』ツアーは、その営みを静かに、しかし確かに次へ手渡していく企画として育てていく。