東日本大震災の記憶を「記録」「再生」『風化』の三つの実践を通して受け渡し、「受取人の想像力」から始まる伝承によって、社会の内側に根づかせていく長期プロジェクトです。
その核にあるのは、誰かの記憶が誰かに届き、また次の誰かへと手渡されていく「記憶の螺旋階段」を育む、という発想です。
※『風化』:徳を持って教化(内面化)すること(広辞苑 第7版/括弧内は代表佐藤)
ー なぜ、残された記憶は、必要になるまで気づかれないのか ー
巨大な自然現象は、人々の生活、営みの継続を中断させる。速やかには復旧できず、元には戻らないほどの過酷な現状を突きつけられたとき、「初めて」過去の災害の知恵を知るということがおこる。
全国の沿岸地に数えきれないほど建てられている板碑。東日本大震災の津波被災のあと、この板碑の存在に「初めて」気付いた例はどれほどあっただろうか。 また、R6能登半島地震の現地でも、ある被災者の口から「それ、知らなかった。どうして、それを教えておいてくれなかったの」という言葉がこぼれた。これは、誰かを責める言葉ではない。心からの悲痛な叫びである。
先人たち、そして大震災を経験した我々は、その記憶や経験を後世に伝えたいとの一心で、多くの時間、資金を投じてきたはずなのに、どうしてこういうことが起きてしまうのだろうか。
本プロジェクトでは、現在の伝承が抱える課題を以下の3つの視点で捉えている。
1)「点」の伝承、「線」の防災からこぼれ落ちる「記憶の孤立」
一つ目の課題は、命を守る伝承と防災に集中するあまり、こぼれ落ちてしまう記憶があること。 巨大な自然現象からいのちを守る【点】としての伝承、発災後から復旧までの営みを守る【線】としての防災・減災。これらは何を差し置いても最重要課題である。 しかし、その重要性ゆえに、命を守ること「だけ」が着目され、その点を越えれば、あるいは直接的な被害を免れれば「大丈夫」と、巨大災害をどこか遠いものとして捉えてしまう要因にもなっている。 災害は、命を守りさえすれば万事終了ではない。時間の経過とともに、暮らしや地域課題を受け止める【面】としての段階が現れる。発災後にやってくる心のゆらぎは、被災のグラデーションによらず発生する。このゆらぎから心を守る術は、このグラデーションの中に潜む記憶の中に宿っているが、その記憶を未来に生かす器を準備してくることは稀であった。特に内陸や遠隔地の記憶は、「沿岸部の人に比べれば」「自分は被災者じゃない」という心理的ハードルから語る場を持てず、孤立化しやすい。掬い取られず、記録されない記憶は、誰かに伝わることもない。
2)残すだけでは伝わらない「記録の風景化」
二つ目の課題は、せっかく作られた記録も、仕舞われたままでは経験として伝わらないということ。
先の板碑や津波記念碑、膨大な震災資料のように、強い想いと時間を投じて作られた記録も、その内容を都度ひもとき、語り直す「再生装置」と、それを動かす「人」がいなければ、やがて風景に同化してしまう。例えるなら、どんなに名盤の「レコード」があっても、「レコードプレーヤー」と「針を落とす人」がいなければ、音楽が響かないのと同じである。
3)伝承のゴール不在と、専門家への「おまかせ」からの脱却
三つ目の課題は、伝承のゴールが社会で共有されておらず、また、災害からの回復力を行政や専門家だけに委ねてしまっていることだ。
伝承はいつ終わるのか、終えてよいのか。
「風化」という言葉を広辞苑の「徳を持って教化すること」と置き直すと、災害伝承における『風化』とは、記憶や経験が人々の生活の中に「内面化」される状態を指す。つまり伝承のゴールは、忘れさせないよう声を上げ続けることではなく、ことさら「伝承」と叫ばずとも、経験が我々の暮らしや地域のふるまいに息づき、自ずと子どもたちへ伝わっていく状態(=風化させること)ではないだろうか。
そしてさらに、その『風化』の先にあるのは、災害からの回復力を自分たちの手に取り戻すことである。行政や専門機関の役割は欠かせないが、哲学者・鷲田清一が指摘する『おまかせの構造』のように、いのちや生活の世話を専門家に委ねきってしまえば、自ら生き抜く力は衰弱してしまう。発災後の長い時間を実際に生き抜くのは、その土地に暮らす我々自身である。だからこそ、災害の記憶や知恵を、日常の暮らしや人との関係性のなかに根づかせておく必要がある。
「“受取人の想像力”から始まる伝承」
本プロジェクトでは、伝承の力点を語る側(差出人)ではなく受取人に置いている。 本プロジェクトにおいて、差出人とは、震災の経験や思いを、「いつか誰かの役に立てばいい」という祈りとともに差し出す人である。
しかし、先の課題で触れたように、その差出人は、多くの場合、匿名的であり、直接には知られない。そこには、災害に至らぬよう誰にも知られることなく社会を守り続けている存在 ー いわば「アンサング・ヒーロー」ーの姿が重なる。
だからこそ、その存在や思いに気づくためには、受取人の「想像力」が必要になる。
そして、その差出人やアンサング・ヒーローの存在に気づいたとき、受取人は、単なる受け手にとどまらず、自らもまた、次の誰かに記憶や経験を差し出す「新たな差出人」になることができる。
TOHOKU2041 Project は、この差出人から受取人へ、受取人から次の差出人へとつながる循環を螺旋階段のように育み、震災の記憶を社会の中に受け渡していく試みである。 ここには、「教える側/教えられる側」「支える側/支えられる側」という、上下の非対称はない。受け取った人が、次の差し出し手になる ─ その対等な循環こそが、このプロジェクトの背骨である。
前述の課題に応えるため、本プロジェクトは「記録」「再生」「風化」の3つの実践を行う。
震災の記憶は、被災の状況に関わらず、どの人の、どんな記憶も等しく大切である。そして、記録しなければやがて失われる。
大切な記憶が失われることは、未来への継承が叶わなくなるだけでなく、辛い思いが昇華されないまま心に残り続け、人生の再設計を遠ざけることにもつながる。 記憶の孤独を放置することは、人の孤独を社会が放置することにもつながりかねない。
記憶は、こちらから迎えに行くものではない。語りたくなったときに、そっと受けとめられる準備をして、待つ。本プロジェクトでは、まだ言葉になっていない経験、ひとりきりになっている記憶、地層化した記憶、災害の「間(あわい)」にある時間と感情を掬い、記録する。
(主な取り組み)
『3月16日の私の日記』
発災5日目に焦点を当て、追悼と伝承のあいだに置き去りにされがちな時間と、ひとりきりになっている記憶を、日記という形式で受け止める取り組み。
記録は、残すだけでは継承されない。
往時の被災者が渾身の思いと力を込めて残した記録も、それを語り、甦らせる人がいなければ、風景と化してしまう。
本プロジェクトでは、記録を単に読むだけではなく、表現の手法を通して「活きた記憶」として継続的に再生していく。
(主な取り組み)
・『記憶の中の住まい 仙台・荒浜ツアー』(2025.11.16開催)
・『3月16日の私の日記』朗読会(2026.3.16 せんだい3.11メモリアル交流館)
・『記憶の中の住まい 山元ツアー』(2026年実施に向け企画中)
本プロジェクトがめざす『風化』とは、記憶が社会の内側に教化(内面化)され、暮らしや地域のふるまいの中に根づき、発災時には最大限の行動を起こせる状態を目指すことである。
そしてその実践は、災害からの回復力を、行政や専門家だけに委ねるのではなく、地域と一人ひとりの暮らしの側へ取り戻すプロセスでもある。
非常時のための特別な訓練としてではなく、日々の暮らしや人との関係性のなかに、支え合いの基盤を根づかせていく。
※『風化』:徳を持って教化(内面化)すること
(広辞苑 第7版/カッコ内は代表佐藤)
(主な取り組み)
「5日目の約束の場所」
(2026年開始を目標に、愛媛県松山市、和歌山県白浜町・串本町での実施を計画中)
TOHOKU2041 Project は、継承の壁といわれる「発災から30年」という、ひとつの通過点を名称に取り入れた。記憶を記録し、再生し、やがて社会の内側に根づかせていくことによって、震災の経験を過去の出来事として閉じるのではなく、今なお続く地域課題や社会課題として見つめ続けるための土台をつくっていく。
2041年に向けて必要なのは、単に「忘れない」と言い続けることではなく、誰かの記憶が誰かに届き、その受け取りが次の差し出しへとつながっていく循環をつくることである。TOHOKU2041 Project は、その循環を、震災の記憶が孤立しないための「記憶の螺旋階段」として、東北から長い時間をかけて育んでいこうとする試みである。
この螺旋階段は、急いで登り下りするものではない。一段ずつ、焦らず、ときに楽しみながら、長い時間をかけて育んでいくものである。完成をめざすのではなく、手渡し続けること、関係が続いていくこと自体を、大切にしていきたい。
また、本プロジェクトでは、この「記憶の螺旋階段」を支える静かな受け取り手の広がりを、「交流人口」 「関係人口」の先にあるものとして仮に『記憶人口』と呼んでみたい。それは人数の多さを競うための言葉ではない。誰かの記憶の孤独をそっと受け取り、自らの内に留め、必要なときにまた次へ手渡していく人びとの存在の厚みを指している。
被災したら二度と幸せにはなれないのだろうか。
私たちはこの問いに、はっきりこう言い切りたい。
「いや、そんなことは、あろうはずがない。」
TOHOKU2041 Projectの根底にあるものは、
大変なこともあったけれど、
「 みなさんのお陰でいい人生だった」
このひとことを言える社会へ向かうことである。
ロゴは、「支援者」「アンサング・ヒーロー」「被災者」の三つの層を、波として重ねて表している。
波の背景にある地層の断面は、『風化』のイメージを可視化したもの ─ 震災の記憶を、暮らしと地域のふるまいの中へ「風化(内面化)させる」という、この活動が必要でなくなることをめざす願いを込めている。
※『風化』:徳を以て教化(内面化)すること
(広辞苑 第7版/カッコ内は代表佐藤)
そして「再生」という言葉の意味を、広く捉えた形でもある ─ 継続して「再生」する(revitalization/revival)、活きた記憶として「再生」する(resuscitation)、震災の記録を「再生」する(playback)。「震災の記憶」は「記録」しないと時とともに消えていく。「記録」は「継続して再生」していくことで、初めて語り継ぐことができる。